
少し疲れ気味。しかし、この後にはどんな楽しい事が起こるのだろうか、
という興味で、瞳をランランと輝かせた子ども達が新学期の教室に集合する。
それまで静かだった学校が突然賑やかになる。
もっと遊びたいよう、と訴える瞳の子もいれば、先生、僕がんばるからね、
と訴える子もいる。
そして恒例の宿題を集め、健康の記録を集める。宿題を無事に提出した
子ども達はホッとした表情をする。それから最後に通信簿を集めにかかる。
渡す時は、緊張と不安を隠せない表情で私の手から通信簿を受け取った子も、
このときはリラックスした表情で、おそらく穴が開く程見たであろう通信簿
を手に、名簿の順番で教卓に持って来る。
私は一人一人の通信簿に親の確認の印鑑がきちんと押されているか点検して
名簿の順番に重ねていく。中には少し汚れが付いた通信簿もある。
37枚をきちんと重ね、机の上でトントンと端を揃える。
その時、私の鼻孔に微かに線香の香り。私は通信簿の束を鼻の前に持って
来て香りを嗅ぐ。今度ははっきりと線香の香り。
仏壇に供えられていたのだろう。がんばれました、という報告なのか、今度
はがんばりますという誓いなのか、多くの家で通信簿を仏壇に供える。
いや、供えるというのは適切な表現ではないかも知れない。が、ともかく
仏壇に通信簿を広げて置くのである。
私の母は、私と兄が通信簿を貰って来る度に通信簿を仏壇に広げて置いて
いた。それはまさに、仏壇の中にいるご先祖様が私と兄の通信簿を仏壇の中
から見ているかのように思えたものだ。
線香に火をつけ、それから母は仏壇に向かって「がんばりましたよ」とか、
「今度は怠けずにしっかり勉強するそうです」などと通信簿の内容にともな
った報告をする。
仏壇の前で褒めてもらった時は、仏壇の中に笑顔のご先祖様が見えたように
感じたし、怒られた時はご先祖様が苦虫を噛み潰した顔つきをしたように
感じたものだ。
そして、新学期が始まり、私の前で退屈してきたのかそろそろオシャベリの
声がうるさくなってきた子ども達は、仏壇の前でどんなご先祖様を見てきた
のだろう。
ほのかに残る線香の香りに、私は仏壇の前に座った子ども達の神妙な顔つき
が見えてきたような気がして、なぜだか心が安らぐのだった。
(年齢など応募当時のままです)
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